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2003年 フランス一人旅

b0301568_16194498.jpg2003年11月下旬、このフランス旅行が初めての一人旅でした。全てがドキドキでした。
1日だけボルドー近くの小さなベルジュラックという町でライヴを観、その後はパリ周辺で観光三昧。初めてだったこともあってやたら現地のバスツアーに参加しました。この旅での達成感がその後の一人旅への自信につながりました。





1日目
エールフランスで関空からパリのシャルルドゴール空港までの長い間、同じ飛行機で運悪くどこかの美容専門学校生の修学旅行団体と一緒だった。その50人ほどの学生達は終始大騒ぎ。参った。やっと静かな空港に着いたのは日も落ちた夕刻。この日の宿はモンパルナス駅の近くに予約しておいたので空港からモンパルナス駅行きのバスに乗らないといけなかった。しかし新しくターミナルEができた直後だったためバス停の場所が変更になったもよう。焦る。初めての一人旅の出だしから予定通りにいかないなんて、と今ではどうってことないことでもその時はかなりショックだった。探しまわりやっと見つけたモンパルナス行きのバスの停留所に2人の日本人女性がいた。すかさず声をかける。偶然私と同じ広島出身の姉妹でパリに住みながら音楽の勉強をしているとのこと。バスの中でおしゃべりができてなごんだ。彼女達が「明日の列車の切符は今日のうちに買っておいたほうがいいですよ。」とアドバイスしてくれた。モンパルナス駅でお別れをし、アドバイス通り駅で切符を買うことに。パリからボルドーまでのTGV(フランスの新幹線)の切符はすでに買っていたのでボルドーからベルジュラック行きのローカル線の切符を窓口でお願いするとTGVの切符がある人は無料とのことだった。よかった。駅を出て足早にホテルに向かった。小さなホテルだが小奇麗だった。シャワーを浴び爆睡。





b0301568_16212649.jpg 2日目
朝食はフランスらしいクロワッサンとバゲッド、そしてココア!この日から一人旅が本格的にスタートとあってワクワクしてきた。朝のうちに列車をのりついでベルジュラックまで行く。ローカル線は本数が少ないので予定通りの時刻でちゃんと乗り継がないと大きなタイムロスになるので気が張った。チェックアウトをしてホテルから出る時にずっと無愛想だったオーナーがボソッと「サヨナラ・・・」と日本語で言ってくれた(笑)。モンパルナス駅は大きい。幸い私が乗るTGVはすぐわかった。しかし運悪く予約の席が車両の真ん中の位置で見知らぬ人と向かい合わせで座るはめに。しかもとても狭い。向いの女性の膝があたる。それに私の席に黒人男性が陣取っていて少しもめた。約3時間の窮屈な移動でやっとボルドーに着きさらにローカル線でベルジュラックに降り立った。静かな小さな町。石畳の上をスーツケースをゴロゴロ転がしながらホテルにたどり着きチェックイン。すぐさま町を散策した。夜行く予定のライヴハウスまで行き場所だけ確認してまた引き返した。雑貨屋さんでポストカードを買って、パン屋でクロワッサンと飲み物を調達した。パン屋で一人の見知らぬマダムが「ボンジュール」とあいさつをしてきたのですかさず「ぼ、ボンジュール」と返した。ライヴは10時からだったので少しホテルの部屋でボーとした。うたた寝をしてしまい慌ててタクシーでライヴハウスに向かった。タクシーで5分ほどだった。降りる時にタクシーの運転手が「帰りもこのタクシーで!」と名刺を渡す。会場のチケット売り場でチケットを買うとスタッフの女性が声をかけてきた。「あなたが日本からメールをくれた人ね。」と。そう、旅行前このライヴハウスの人に数回メールで質問した。その時答えてくれた人だった。さらに男性スタッフ(たぶんそのライヴハウスのオーナー)が「待ってたよ。バックステージでバンドのみんなが会いたいと言ってるよ。」とバックステージパスをくれ楽屋に案内してくれた。日本からはるばる来るマニアなファンの話はもう知れ渡っていたようでなぜか勝手に地元の新聞社のインタヴューまで受ける手筈となっていた!バンドのメンバーには温かく歓迎されステージでも「日本からきた友達」と紹介されて夢のような時間だった。ライヴが終わると一人の男子が近付いてき「君は本当にこのバンドのためだけに日本からこの町に来たの?」と聞いてきたので「そうです」というと「You are crazy!」と驚いていた。それから例の新聞社に写真を撮られインタヴューに答えた。再びメンバーとの楽しい時間を過ごし、ホテルに戻ったのは朝の4時だった。さすがに疲れたが楽しい思い出の余韻に浸るあまり熟睡できず・・・。





b0301568_16223674.jpg3日目
ろくに寝る時間もないまま朝早くホテルをチェックアウトしてタクシーで駅に向かった。ローカル線でボルドーまで、それからTGVでパリに戻った。前日の疲れが残っていたので予約しておいたアンヴァリット近くのホテルにチェックインしたあと食糧を買いに少し出た。近くに中華料理のお惣菜屋さんがあり、あまりにもおいしそうだったのでたくさん買ってホテルで食べた。おいしい!その後はまだ夕方の4時にもかかわらず寝た。





b0301568_1625244.jpg4日目
14時間も寝てすっかりエネルギー満タンで起床。小雨が降っていた。ホテルの朝食はここでもおいしかった。昼前にチェックアウトをして、この日から3泊泊まる予定のパリ中心街にある別のホテルに移動。小雨があがっていたのでちょっと距離はあるけど歩いてのんびり向かうことに。途中カフェで働くお兄さんが元気よく「ボンジュール!」とあいさつしてきた。さらにジョギング中の人が頭をナデナデして走り去っていった。フランス人って冷たいと聞いていたけどそうでもないみたい。アレキサンドル3世橋を渡りチュイルリー公園を抜けルーヴル美術館手前の噴水の周りに並べられてある椅子で少し休んだ。噴水の周りではたくさんの人がなごんでいた。ふとジプシー女性が近付いてきて「金をくれ」とジェスチャー。近くにいたフランス人女性が私に「だめよ」と目くばせをしていたので「お金はない」と断ると何か言葉を吐き捨てて去っていった。それにしても噴水の前で冬の日光浴ってなかなかいいもんだなあ。重い腰をあげホテルに向かった。受付でフレンドリーに迎えてくれたオーナーはどこかオカマっぽい人でひょうきんだった。「日本が大好きよ」(こんなイメージの話し方)、「友達もお客さんにも日本人が多いわよ」とクネクネしながら話してくれた。「明日の夜、一緒に飲みながらおしゃべりしましょうよ」と誘ってくれたのでOKした。このホテルはフランス革命のころから続いている歴史あるプチホテル。とにかくすべてが素敵だった。ちょっと歪んで狭いギシギシ軋む廊下、重くて大きな鍵、小さいけどメルヘンチックな部屋。このホテルが大好きになった。さっそくパリの中心に繰り出すと一人のフランス人が流暢な日本語で話しかけてきた。日本生まれのフランス人、アランと名乗るこの男はちょうど数か月後には広島大学のラグビー部に指導に行くとのこと。ウソっぽいと疑うと「広島でお好み焼きを食べたい」とかなんとか広島にちなんだことを言うので一応信じた。暇だったので少しカフェで話した。アランと別れ午後からパリ市内バスツアーに参加。さらに夜はイルミネーションバスツアーにも参加した。雨が降ってきた。それでもクリスマス前のシャンゼリゼ通りやエッフェル塔の輝きはすごかった。さらにセーヌ川クルージングにも参加。でもこれは雨で視界がほとんど見えず残念。クルージングの後にオプションでレストランでの夕食を希望していたが私以外ではアメリカから来ていた親子(母娘)だけだった。ガイドさんは「食事が終わったらタクシーで帰ってください。」と立ち去った。その親子が一緒のテーブルで食べようと誘ってくれた。二人はスペイン人で娘のサラがアメリカで結婚したのを機に母親のアルバもアメリカに移住したらしい。二人はとても親切でフレンドリー。すぐに仲良くなった。帰りは途中まで一緒のタクシーで、私のホテル前で別れた。
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5日目
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午前中、パリ市内にあるいくつかのパッサージュ(アーケード)を歩いて回った。歴史あるパッサージュの中はクリスマスの飾りで華やかだった。昼には有名なサロンドテ「アンジェリーナ」でチョコレートケーキを食べてみたが思いのほか私には甘過ぎて少し残すハメに。午後3時にはルーヴル美術館見学のガイドさんを予約しておいた。日本語がパーフェクトなガイドさんは50代の男性。でも胸元の身分証明書の写真はかなり若いころのガイドさんの顔だった。参加者は私と親子できていた二人の合わせて3人だけだった。3人だけなのに「決まりだから」とイヤホーンを渡される。十分ガイドさんの生声が聞けるのにガイドさんはわざわざマイクを使う。でも途中マイクの存在を忘れるガイドさん。それでも慌てて無理やりマイクを使用・・。ちょっと天然ボケなガイドさんだった。効率よく館内を案内してくれた。モナリサも目の前でバッチリ見れた。館内で昨夜仲良くなったスペイン人のサラとアルバのツアーグループと遭遇。思わず声をかけてハグした。ホテルに戻る前にまた中華料理をテイクアウトした。やっぱりおいしい!!疲れたので早めに寝ることにした。ホテルのオーナーとの約束があったがウトウト、就寝。すると夜の10時に部屋の電話が鳴った。オーナーだった。「約束の時間ですよ~~。」と相変わらずオカマ風。「疲れてるから無理。ごめんなさい。」と断るとションボリしてた様子。今思うとやっぱり断らなければ楽しかっただろうなあ。




b0301568_1632687.jpg6日目
この日は朝から丸一日かけてロワール地方の古城巡りバスツアーに参加。それにしても現地参加のバスツアーで感動したのは参加した人の国籍の数だけちゃんと通訳できるガイドさんをつけるということ。たとえば1台のバスに20人ほどの参加者がいてガイドさんが3人いる場合や一人のガイドさんが3カ国語しゃべれたり。尊敬せずにいられない!このバスツアーには全員で30人ほど参加者がいて通訳ガイドさんは3人だった。日本人は10人ほどだった。その中で同世代の大阪から来ていた一人旅の女性と東京から女友達同士で来ていた2人と仲良くなり楽しいツアーとなった。お城は3つ見学した。大きくてゴージャスなシャンポール城、シンメトリーな造りのシュベルニー城、6人の奥方の館といわれるシュノンソー城。どれも白い壁と青い屋根、どっしりとした重厚感がおフランス的だった。ランチはツアーに含まれておりレストランでコース料理を食べた。ワインが飲み放題だった。飲めないのにちょっと飲んで顔を真赤にしてしまった。夕方もすっかり仲良くなった3人とツアー後にパリ市内のレストランで一緒に食事をし連絡先を交換しあった。そのうちの一人とは今も年賀状でやりとりをさせてもらっている。




b0301568_16325814.jpg7日目
帰国の日。フライト時間は夕方だったので午前中はベルサイユ宮殿への(これまた)バスツアーに参加した。日本人は私一人だけだったのでガイドさんを独り占めできた。それにしてもどれほどのお金を費やして造ったのか、と途方に暮れそうになるほどの壮大な宮殿。たくさんの豪華な部屋を回っていてふと疑問に思うことがあった。高さのあるベッドはどれも幅が短いように感じた。そこでガイドさんにアホな質問をした。「ベッドは折りたたみ式ですか?」苦笑いのガイドさんは「違いますよ。」とあっさり返した。どうやら昔の人は背が低かったらしい。みんなナポレオンサイズなのかどうかはわからないが。庭園は凄まじく広い。池や噴水がいっぱいあった。中でも私が好きなアポロンの泉は彫刻の馬が今にも走り出しそうで怖いほどだった。パリに戻ってカフェで軽くランチをとりホテルに荷物を取りに行った。空港までは専用バスのロワシーバスで行く。でもロワシーバスの乗り場がすぐ分からなくてまったく関係ないバス停でボーと待っていたこと30分。ようやくロワシーバスを発見して乗り込んだ。初めての一人旅も無事終わり、たくさんの思い出を胸にいざ帰国・・・・と、その後さらに嬉しいハプニングがあった。飛行機の席が団体客とダブルブッキングとなっていてなんと私はビジネスクラスに移った。嬉しくてしょうがなかった!さすがビジネス!席もゆったり、食事もおいしい。長いフライトの後でも疲れなかった。最後の最後でこんなラッキーなことがあるなんて一人旅を頑張ったご褒美だと感じた。


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追伸
この旅を終えて忘れた頃にベルジュラックでうけたインタヴューの記事のコピーが送られてきた。結構大きく扱われ、私の爆笑している顔がなんとも不細工だった。よりによってこの写真を使わなくても・・・・(汗)。

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by over-the-ocean | 2003-11-14 15:57 | 2003年 フランス | Comments(0)